カテゴリ:子どものころ( 46 )

おやすみ

なぜか、ふっと思い出した昔の事。

小さい頃は、夜9時には寝かせられたものです。
母さんと同じ布団に入って。となりには、父さんと兄さんの布団。
父さんが電気を消します。
真っ暗な中で、しばらくは話し声が続きます。
そして、さあ寝るよというとき、必ずしてくれる小さなお話がありました。
それを思い出したのです。


カニが歩いていると、道に炭が落ちていました。
「おや? こんなところにスミがあるぞ?
 おやスミ・・・」


たわいのないダジャレ話でしたが(笑)、
これを聞いて、安心して眠りに落ちたのでした。
平和な日々のひとコマ。





















*

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by tobelune | 2017-09-22 11:25 | 子どものころ | Comments(0)

つぎはぎズボンの少年

「ほれ。ひざにツギ当てたからな・・・もう、穴あけたらあかんで?」
母さんは、言います。
少年はいつも、ズボンの両ひざに穴をあけてしまうのです。
直径2cmくらいの丸い穴。
母さんはいつも、あきれながらツギを当ててくれるのでした。

どうして、ひざに穴があくのかと言うと・・・

少年は、「空想遊び」が大好きだったのです。
自分が動物になった世界を思い浮かべて、夢中で遊びます。
すると、体もじっとしていられないのです。
畳の部屋で四つん這いになって、あちらへこちらへと回ります。
それが、楽しくてしょうがない。
毎日そうやって、ひざをこすってしまうので、すぐに穴があくのです。

母さんに何度叱られても、どうしようもないのです。
少年は、鹿になったり狼になったりして、森を駆けるのですから。



やがて。少年は大人になりました。
あの、つぎはぎズボンの少年は、もういません。
「空想遊び」も、やめてしまいました。
あんなこと・・・あんなヘンなこと・・・大人は、しないよね?(笑)










いえ、ウソです。
さすがに、ひざをすって遊ぶのはやめましたが、「空想劇」はずっと続いて・・・
ずっとずっと続いて。
絵本の道へつながりました。
誰にも秘密にしていた、つぎはぎズボンの少年のお話。




















*

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by tobelune | 2017-08-30 15:01 | 子どものころ | Comments(0)

カヤツリ草

え〜っと・・・先日、夏の野草のことを少し書いたので、
そのつながりで・・・。

子どもの頃、そこらに生えている草で遊んだりしましたよね?
「オオバコのすもう」とか、
「カラスノエンドウの笛」とかね。なつかしいでしょ?

で、カヤツリグサです。
茎をうまく裂いて昔の蚊帳みたいな四角を作る遊び、やりました?
さて、ここで問題です。
そのカヤツリグサは、次の写真のどちらでしょう?

A
b0246533_2038755.jpg


B
b0246533_20382459.jpg





どうです?  すぐわかりました?

ぼくはね、ず〜っと、Aをカヤツリグサと思っていたんですよ。
子どもの時から、そう覚えていました。
なんでだろう?
かんちがい?  それとも、兄貴や姉貴が間違って教えたのかなー??
とにかく、正解はBでした。
Aは、オヒシバという草でした。

いや、びっくりです。思い込みというのは、コワイねー。

今は、あの「蚊帳」自体がもう使われなくなったもんなあ・・・。
あれは、とてもドキドキな、フシギ空間だったけどなあ。
なんていうか、
水の底で寝ているような?
日常ではない空間でしたよね。あれ。


水底(みなそこ)で月見るような 蚊帳の夜      笑太





So Many Stars   Diana Panton
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by tobelune | 2015-08-02 21:05 | 子どものころ | Comments(2)
子どもの頃のある風景を思い出した。



小学校4、5年だったろうか?
誰もいない校庭で、ぼくはひとり、立ち尽くしていたんだ。

雨上がりの校庭には、大きな水たまりが広がっていて、
灰色の空が逆さに映っている。
夕暮れである。

「地球は回っている」というのを、
学校で習ったのか、あるいは何かの本で読んだのか?
とにかく、それを自分で感じ取りたかったのだろう。

校庭で立って、じっと、心を集中すれば、
地面が動いているのを感じられると思ったのでアル(笑)。

・・・・・・・・・・

だが、地面も空も、静かなままだ。
動く気配などない。
本当に今も、回っているのだろうか???
地球は、ぼくを乗せて回っているのだろうか?

どんどんうす暗くなる校庭で、
ひたすら、立ち尽くす少年・・・





Nature Boy  Nat king cole
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by tobelune | 2014-03-03 07:28 | 子どものころ | Comments(0)

わたがし2

昨日のつづき。



長い歳月を経て・・・

息子の保育園で夏祭りがあった。
その中で、いろんなお店を父母たちが協力して
立ち上げるのであるが。
なんと、あるとき、わたがし製造機が登場したのだ。
小型ではあるが、電動式のスグレモノ。
ぼくは喜んで、わたがしやさんに志願した。
わりばしをくるくるして、ザラメの糸を丸くからめる。
意外にカンタンで、楽しいのだった。

10円玉を握りしめて次々と並ぶ園児たちを前に、
得意になってわたがしをフンワリ作る。
みんな、きらきらした目で見つめてくれる。
なんとうれしい!!

「交代しましょう」
他のお父さんがきて、ぼくの番は終わってしまったけど、
本当はもっともっとやっていたかった。
こんな楽しいもんだったのか!

わたがしやさんは、ゆめを紡ぐ商売だと思う。
どうか、手抜きしないで、
子どもたちの前で作ってあげてください。





Summertime   Ella Fitzgerald and Louis Armstrong
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by tobelune | 2013-08-17 08:08 | 子どものころ | Comments(0)

わたがし

さし絵で、縁日のシーンを描いていて。
小さい頃のことを思い出した。



お祭りの縁日に行くと、必ず一番に買ってもらうもの。
それは、綿菓子だった。
(東京では「わたあめ」って言うんだね)

わたがしは、うきうき気分の象徴みたいなもんだった。
おじさんが機械の中心にザラメを入れる。
そしてわんわん回して、
(たしか昔は、ミシンのように足踏み式だったように思う)
甘い匂いがして、白い糸が細く漂う。
それを、わりばしで器用にからめ取っていく作業。
雲がみるみる出来上がっていく・・・
これを見るのが大好きだった。

ある年のおまつりで、(10歳前後のころか?)
「わたがし、ちょうだい」と言うと、
「ほい」と、おじさんは、
すでに出来上がって袋に入ってるものを手渡してくる。
「え・・・?」
なんで??
作るところが見たいのに。
作ってくれへんのん?

ただ食べるだけなんて、
あんなつまらないことは、なかった・・・。
それでいっぺんに、わたがしに対する情熱がしぼんだ感じで、
その日以後、ぼくはもう、わたがしを買わなくなった。
ゆめをひとつ、なくした瞬間だったのだ。

せつない縁日の思い出。

つづく





サマータイム   阿川泰子
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by tobelune | 2013-08-16 16:10 | 子どものころ | Comments(0)
つづきです。



幸か不幸か、ぼくはこの日、お金を持っていなかった。
(家に帰って、10円もらって来ようかな?)
と思いつつ、他の子がやるのを見る。

高さ30センチか、もうちょっと高いか、
タワー型のルーレットである。
ひとりめ、玉は白に入る。ハズレ。
ふたりめもハズレ。

ここで、おっちゃんが、
「コツを教えたるわ。ええか、ヒミツやで?」
声をひそめて、
「こうな、玉を回しながら入れるんや」
おっちゃんがやると、ちゃんと赤に入る。
「な? 当たるやろ?」
す、すごい! なるほど!

「じゃ、もう一回ね」
と、10円渡す子たち。
でも、まねして回しても、やっぱりハズレ・・・。
もうひとりも、ハズレ。

「おかしいなあ? 
 回し方がちょっと、ちがうんやな。
 こうやで」
と、おっちゃんがやると、また、当たりに入る。

さすがに、変だと気づく。
(これ、インチキとちゃうかな?
 なんか、おかしい・・・
 キカイに仕掛けがあるんとちゃう?)
でも、おっちゃんがどこかウラで操作してる
様子がない。見やぶれない。

みんなお金を使い果たして、とぼとぼ帰る。
「家でお小遣いもらって、またおいで。
 まだ、ここにおるからな」
おっちゃんは、明るく声をかけてくる。

(ほんまに、ええおっちゃんに見えるんやけどな・・・
 やっぱり、インチキなんかな?)



こんなフシギの国のおっちゃんたち、
今はもう、絶滅したのだろうか?
かろうじて、縁日なんかでは、いるのかも知れない。
ぼくは、おっちゃんたちが好きである。
大人になってからも、
どこかのお祭りで会えることを願っている。


おしまい





ABC  Bossa Nova
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by tobelune | 2013-06-06 08:08 | 子どものころ | Comments(0)
学校からの帰り道、
途中に「ツバキの神社」があった。
境内に椿の木がたくさんあり、
花の蜜をなめたり、実を拾い集めて笛にしたり。
ツバキの木は太さが手頃で登りやすく、
木の上だけをつたってやるオニゴッコで、
遊んだりしたものである。



ある日の帰り、その「ツバキの神社」の横手の細い道に、
ぽつんと、おっちゃんの店が出ていた。
さみしい場所を選んだもので、子どもは数人しか集まっていない。
「今からやってみせるからな、おいでおいで」
と、おっちゃんが呼ぶ。
好奇心には勝てない。

ゴザの上には、高そうなオモチャがたくさん。
宇宙ロケットやロボットや、スポーツカーなんかもある。
「あのな、これはくじ引きのキカイや」
見ると、座っているおっちゃんの膝元に、
タワー型のルーレットみたいなのが立っている。
まん中のタワーはゆっくり回転している。

「この玉を上から入れるんや」
てっぺんの穴に、ビー玉くらいの白い玉を入れる。
玉は、タワーを下りながら時々姿を見せ、
最後に下の出口からコロンと出て来る。
「ほらな、この赤いところに玉が入ったら当たり!
 どれでも好きなオモチャ、ひとつもらえるで。
 白いところがハズレ」

赤と白は、円を6等分して交互に赤白がぬってある。
当たる確率は半々。(に見える)
「1回10円やで。
 さっきもな、二人の男の子が来て、
 オモチャいっぱい当てて行ったで。
 知ってる子とちゃうか?」

ほんまに?
たった10円で、こんなゴウカなんが当たるん??


つづく





Can't Buy Me Love   Bossa in Beatles
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by tobelune | 2013-06-05 08:07 | 子どものころ | Comments(0)
おっちゃんから変なモノを買ってがっかりしても、
子どもはすぐ忘れる。
すっかり忘れた頃に、また別のおっちゃんの店がやってくる。
(まさか、店の時期をおっちゃん組織が調整していたりする?)



下校時、久しぶりに人だかり。
なんだ、なんだ? と駆けつける。
ぐりぐり目のおっちゃんが、
虹色に光る小さな仮面のようなモノを見せている。
見た事もないマカフシギな色と、カナブンみたいな光沢が、
子ども心を引きつける。

おっちゃんが説明を始める。
「色の粉がいろいろあるやろ?
 これをやな、こっちの型にふりかける。
 な? 金や銀もあるで。
 こうやって、パラパラと、な?
 それで、粘土を型につめるワケや。
 ぎゅっと。丁度いっぱいに入れる。
 そしたらや、別の粘土をくっつけて引っぱると、
 ほれ!」
ポコッと型から出てくる、輝くモンスターみたいなの。
「わあ〜!」歓声が上がる。
「な? カンタンやろ? 誰でもでけるで。
 買って帰って、ええのんでけたら持っておいで。
 きれいに作れたら賞品あげるで。
 おっちゃん、明日もここにおるからな」

残念ながら、ぼくは買えなかった。
色の粉と型と粘土と・・・全部買うには、
けっこうお金がかかるのだった。



次の日、おっちゃんはいた。
粘土で作ったのを見せに来た子もいた。
けど、おっちゃん、
「う〜〜ん。なかなか上手やけど、
 ここがちょっとへこんでるなあ・・・おしいなあ」
何かとケチをつけて、賞品はくれないのだった。
「なんや、賞品なんか、くれへんやん」
と、ぼくらはフンガイするのだった。

甘い夢と、きびしい現実と、両方を教えてくれる。
おっちゃんたちは、そういう存在なのだった。

つづく





癒されるかも?
風の歌
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by tobelune | 2013-06-03 08:02 | 子どものころ | Comments(0)
昔々、ぼくが小学生だった頃・・・
(って50年前だよ、もう。すごいな!)
学校の門の前とか帰り道とかに、
おっちゃんが変な店を出していることがあった。
店と言ったって、道ばたにゴザを敷いただけのことだ。
子ども相手のあやしい商売である。
でも、ぼくたちは、
そういう変なおっちゃんたちが大好きだった。



ある日の帰り、校門を出ると人だかりがしてる。
子どもの輪のまん中には、日に焼けたおっちゃんが座っていて、
「ビ〜〜♪」とか「ウィ〜〜♫」とか、奇妙な音がする。

「おっちゃんのおへそ、押してみ?」
子どもが押すと、「フィ〜〜!」と鳴く。
まわりが、どっと笑う。
おっちゃん、タネ明かしする。
口に入れていた小さな笛を見せる。みどり色の笛。
もう一度口に含んで、いろいろ音色を変えて鳴らしてみせる。
いかにも楽しそう。
「1こ、10円や。残り少ないから早いもん勝ちやで」
「ちょうだい!」
「おれも、1こ!」
飛ぶように売れるとは、このことだろう。
もちろん、ぼくも買って、吹きながら帰る。

みどりのプラスチックだかセルロイドだかの、
四角いうすい板を2枚合わせて、糸でしばったカンタンなもの。
草笛やマメ笛と同じ原理なのだろう。

フィ〜〜フィ〜〜♫♩

しかし、これが実にこわれやすい。あっけない。
半日で糸がほどけて、もう鳴らない・・・。
次の日、おっちゃんに直してもらおうと思っても、
もう店は、どこにもないのだった。

おっちゃんの店は、たいてい一日で消える。
文句を言う子が来ないうちに、ドロンだ。
そうやって、あちこちの小学校を流れて行くのだろう。



「おもろうて、やがて悲しき」おっちゃんたち。
フシギの国のおっちゃんたちの話は、もう少しつづく。





ドレミの歌  KIDS BOSSA
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by tobelune | 2013-06-02 08:17 | 子どものころ | Comments(0)

 空好き、猫好き・・・絵本画家 久保晶太の日常と制作ウラ話!


by tobelune