気ちがい月2

つづきです。


奈良のおばあちゃんの家は、昔のままでした。
けれど、主を失って、静かに眠っているかのようにも見えます。

玄関を確かめたけど、やはり鍵がかかっている。
ぐるっと回って、裏庭に入る。
裏側も当然、鍵はかかっているのだけれど、
ガラス戸を通して中が少し見えました。

うす暗い部屋を覗いていると、
少年のぼくが、たたみで寝転んでマンガを読んでいるのが、
見えるようでした。
兄ちゃんや姉ちゃんの声が、にぎやかに聞こえてくるようでした。

山の方へ、農道を歩いてみました。
麓の木々が、空に枯れ葉を舞わせている光景に出くわしました。
褐色の葉が、小舟のように青空をすべって行きます。
ふと見れば、足下の茂みに、
リンドウの花がひとつ、りんと咲いています。
それを見ていたら、一気に思い出した!
あ! あのピンクの花は?
今でもあるのだろうか??

来るとき、通ったはずなのに。忘れていた。
沢ガニのいた、あの場所、
砂岩のカベ、ピンクの花・・・
ああ、懐かしい思い出。



けれど、石だんを下りて行ってみると、
沢ガニは見当たらない。
砂岩のカベは、思っていたよりずっと小さくて・・・
ピンクの花も、どこにもない。

「うん・・・ま、今は秋だからな。
 夏ならカニもいて、花も咲いてるのかも・・・」

秋の日はつるべ落とし、夕暮れが迫ります。
ぼくはバス停に向かいました。
バス停から坂を見上げると、おばあちゃんがいるような気がする。
せつない旅でした。
でも、胸の奥底で、何かが見つかったような、
埋めていた宝の箱を見つけたような・・
じんわりとあたたかい旅でもありました。




「風」  はしだのりひこ
by tobelune | 2012-09-08 22:10 | 思い出 | Comments(0)

 空好き、猫好き、星も好き。 絵本画家 久保晶太の日常と制作ウラ話! とべるね画伯も活躍。


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