さとしの青春 5

「オレ、大阪に行こうと思うんス・・・」



さとしの言葉に、ぼくは少しあわてた。
「大阪?! 誰かいるの?」
「いえ・・・
 オレ、やりたい事、あるんです。
 久保さん、笑うかもしれないけど・・・」
「ん?」
「オレ、お笑いをやりたいんスよ。
 大阪で吉本に入りたいと思って・・・」

絶句してしまう。
いきなり、吉本って・・・
いや、笑っちゃいけないとは思うんだけど。
もちろん、彼は真剣である。

う〜〜〜ん・・・どうしたもんかな?
さとしは面白いコだけど、
はたして、そこまでの才能があるのか?
「あのね、お笑いって、そんなに甘くないと思うよ?」
と言うべきなのか。

いや、しかし。
やってみなくちゃ分からない。
彼は若いんだし、何事も経験かも知れない。
好きな事のために苦労するのは、悪くない。

ぼく自身、貧乏覚悟でイラストレーターを目指している。
人の夢をさえぎる事なんてできない。

でも、無理してないだろうか?
ここを出て行くための口実だったりしないか?
彼の目を見つめる。
固い決意の目に思えた。



「今から、夜行で大阪へ行きます」
「無茶だよ、ツテもないんだろ?」
ぼくの気持ちも揺れていた。
引き止めたい気持ちとウラハラに、
ひとりになりたい気持ちもあったのは確かだ・・・。



田端の駅で、さとしを見送った。寒い夜だった。
サイフにありったけのお金を渡した。
お気に入りの手袋も、あげた。
「がんばれよ」
「久保さん・・ありがとう・・・」
涙声になるさとしだった。



その後、大阪で住み込みのバイト先を見つけ、
頑張っているとの連絡があった。
けれど、やがてそれも途絶える。
ぼくも引っ越したり、いろいろあって。

あれからほぼ30年。
さとし、どうしてるだろう?
お笑い芸人になった様子もないし・・・。

あの冬の夜を思うと、少し胸が痛い。





青春の光と影  カッサンドラ・ウィルソン
by tobelune | 2013-05-29 08:08 | 思い出 | Comments(0)

 空好き、猫好き、星も好き。 絵本画家 久保晶太の日常と制作ウラ話! とべるね画伯も活躍。


by tobelune