吉澤光ノ助先生のこと

故郷の友人からメールが届いているのに気がついた。
おや珍しいと思いつつ開いてみると、小学校の恩師の訃報であった。
大好きだった吉澤先生が亡くなられたと・・・7日朝のことだという・・・
なんということだろう。
体から血の気が引いて行き、ただオロオロするばかりである。



吉澤光ノ助先生は、6年生のときの担任であった。
当時のあだ名は「ゴリラ先生」。がっちりした体のパワフルな先生だったので、
みんなは親しみを込めて、そう呼んでいたのである。
ぼくは内気で人見知りで、先生と話すにもドキドキする少年だったけれど、
そんなぼくを、ありのまま認めてくれて褒めてくれる人でした。

大人になってから先生のご住所を知り、時々お便りするようになった。
先生はちゃんと覚えてくれていて、「久保君は誠実な子でしたね」と書いてくださった。

妻を亡くしたときは、心配して電話をくださったこともあった。
絵本を出したときには、真っ先に先生にお送りした。
もちろん、いっぱい褒めてもらえたし、「孫にも買ってあげました」とのことだった。

その後、なかなか2作めが出ないので、
いつも「次の絵本は、まだ出来ませんか?」とお便りをくださり、
それが、どれだけ励みになったことか・・・

でも、ああ、間に合わなかった。あんなに楽しみにしてもらえたのに・・・
ぼくはいつも間に合わない・・・

4年前に故郷に帰ることがあり、その折、先生にお会いした。
卒業以来40数年ぶりで、先生の元気なお声に安心したものだった。
(そのときの話はブログに書いた。宝探し02
あのとき、別れ際に握手して、「絵本できたら、また送ります」と言ったのだ。
なのに・・・

吉澤先生には、いっぱい人生のいろんなことを教わった気がする。
本当にいい先生でした。
「最後まで純粋なままの方でしたねぇ。一生涯、なかなか貫けないものだよねぇ」
同級生だった女子の言葉である。
この言葉が、すべてを語っている気がした・・・



吉澤先生のご冥福をお祈りします。ありがとうございました。















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by tobelune | 2018-10-08 14:26 | その他 | Comments(0)

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